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名古屋大学大学院環境学研究科特任准教授 本巣芽美

A. 風力発電所の音などが、家畜の健康や行動、ストレスに影響するのではないかという懸念があります。実際に、風力発電所の近くで飼育したガチョウや豚について、一部の指標に違いが見られた研究があります。しかし、これらの違いが風力発電所によるものかどうかは明らかではなく、研究数も限られています。また、インターネット上には家畜への影響を示す情報がありますが、科学的な根拠を確認できないものもあります。現時点では、風力発電所が家畜に害を及ぼすことを示す直接的な証拠は限られています。

解説

風力発電所から発生する音やシャドウフリッカーなどが、家畜に悪影響を及ぼすといった懸念が指摘されています。インターネットでは、家畜の食欲の低下、養鶏場での産卵率の低下、乳牛の乳量の減少、コルチゾールの上昇、奇形、暴走といった点が見受けられます。

風力発電所を含む再生可能エネルギー施設等が、家畜の健康、行動、ストレス等に及ぼす影響について既存論文を整理したレビュー論文1 本論文はスペイン語のためAI翻訳し解釈しました。があります[1]。この論文は、学術論文データベース(Web of Science、PubMed、CAB Abstracts)を用いて2020年10月と2023年10月に行った文献調査からまとめられています2 この論文では、74本の論文を扱っており、内61本が風力発電に関する論文です。。この論文では、心拍数やコルチゾールの上昇3 コルチゾールは、牛、豚、羊などの家畜ではストレスによって上昇することがあります。ただし、単独ではストレスや悪影響の決定的証拠ではありません[2]、採食量・乳量の低下、繁殖や行動への影響などを、風力発電所よって想定される家畜への影響として述べています。しかし、家畜そのものを対象とした研究が少ないため、本論文は野生哺乳類の研究結果からの推論が多数含まれており、また、風力発電以外の音を扱った研究結果を風力発電に応用しようとしているため、結果の解釈には注意が必要です。例えば、本論文では、Morgan and Tromborg [3]の論文を引用し、閾値を超える騒音は家畜にストレス、恐怖、驚愕、突進を引き起こすことを指摘していますが、参照している論文では、飼育環境に存在する人工的な音は、音圧、周波数、慢性的・反復性等の時間的パターンによって動物のストレス源になりうることを指摘しており、風力発電所の近隣で実際にそうした行動が確認されたことを示しているわけではありません。Morgan and Tromborg [3]は、飼育環境ではケージの洗浄時に生じる金属の衝突音や、空調・換気設備など複数の人工的な音があり、動物園や実験施設の騒音レベルは自然環境より高い場合があるため、動物福祉の観点から飼育環境の改善について論じた内容です。また、Head et al. [4]、Arnold et al. [5]の論文を引用し、新奇で突発性の音は、連続する高音量騒音よりも家畜行動への影響が大きいと述べ、風力発電所にも当てはめようとしていますが、Head et al. の論文は搾乳前のジェット航空機騒音の研究であり4 乳牛36頭を対象とし、乳量、残留乳量、乳成分を評価した結果、録音したジェット機騒音への暴露による統計的有意差は確認されず、また、乳牛の行動についても攻撃性や興奮等などの明確な影響も認められませんでした。、また、Arnold et al.の論文は商業用搾乳施設で事前に録音された音を牛に聞かせた研究です5 未経産牛32頭を対象とした研究で、85dB程度の搾乳施設騒音は、騒音に不慣れな未経産牛に一時的な行動反応を起こし得ますが、繰り返し暴露されることで順化する可能性があると述べられています。。また、これらの研究はサンプル数が少ないため知見の一般化には注意が必要ですが、騒音の暴露による明確な影響を認めておらず、音への順化の可能性についても指摘されています。したがって、これらの文献も風力発電所で実際に確認された家畜への影響を実証したものではありません。Blanco-Penedo et al.のレビュー論文では、音に関する先行研究から風力発電にも起こりうる可能性として指摘しているに過ぎません。

風力発電による家畜への影響を実際に調査した研究の一つに、Karwowska et al. [6]のガチョウに関する調査があります。この調査では、ガチョウ40羽を、定格出力2MWのVestas V90風車から50 mと460 mの2群に分けて、17日間飼育しました。乳房筋と大腿筋におけるpH、脂質酸化、肉質、また、腹部脂肪の脂肪酸組成などを比較しています。その結果、風車から50 mで飼育した群と460 m群との間に、乳房筋のpH値、せん断力(肉質指標の一つ)、TBARS値(脂質酸化)、腹部脂肪の脂肪酸組成の一部に統計的な有意差があることを明らかにし、風力発電所と畜舎との安全な距離の研究の重要性を指摘しました。ただし、大腿筋に関しては統計的有意差はなく、また、腹部脂肪の脂肪酸については調査した8種類のうち7種類には統計的有意差はありませんでした(表1・2・3・4)。表内の数値は平均値、±の値は標準偏差を示します。一部の指標では統計的有意差があり、観察された差も小さくありません。ただし、他の要因が影響した可能性もあるため、その差が風力発電所によって生じたと特定できたわけではありません。また、統計的有意差や効果量の大きさだけでは、その差が家畜の健康や福祉にとって有害であるとも判断できません。一方、有意差がなかった指標についても、影響がないことが確認されたわけではありません6有意差がないことは、このサンプルでは差があることを示す十分な証拠が得られなかった、という意味であり、グループ間に差がないことを意味するのではありません。

表1 乳房および大腿筋のpH値[6]

2 乳房および大腿筋のせん断力[6]

表3 乳房および大腿筋のTBARS[6]

4 腹部脂肪の脂肪酸組成(%)[6]

Karwowskaらは豚への調査も行いました[7]。豚を風車から50 m、500 m、1000 mの異なる距離で、各10頭ずつ(オスメス5頭ずつ)、約30 kgの育成豚が80~90 kgになるまで飼育されました。調査の結果、風車から50mの距離で飼育された豚は500 m・1000 m群に比べて、鉄含量が有意に低く、筋肉のα-リノレン酸濃度7 α-リノレン酸はn-3系多価不飽和脂肪酸の一つであり、n-3系脂肪酸は人の健康維持に重要な栄養成分の一つとされています[8]などが低いことが明らかにされました。ただし、前述のガチョウの調査結果と同様に、統計的有意差が確認されない調査項目は多数あり、大きな違いも確認されません。また、すべての調査項目が風車に近いほど悪いといった一貫した結果は得られませんでした。参考までに、各群の脂肪酸組成の結果を下記に示します。G-1が風力発電所から50m、G-2が500m、G-3が1000mの距離で飼育された豚の群を示します表内の数値は平均値を示します。

表5 距離別の豚肉の脂肪酸組成(%)[7]

また、馬への影響に関する症例報告もあります。ある農場で、風力発電所が稼働する前まではその農場で出生、飼育された馬13頭すべては健康でしたが、風力発電所が稼働した後に生まれた4頭すべてには非対称性の屈曲性肢変形(EFLD)が発生したという報告があります[9]。しかし、一つの農場の前後比較であり、屈曲性肢変形には複数の原因があるため、風力発電による影響であるとは断定するにはデータが不十分であるという指摘もあります[10]

インターネットには学術調査と思われる出典情報を記し、家畜への影響を指摘するものもあります。しかし、参照先の論文等は学術論文データベースでは確認できませんでした。Japan Energy Timesでは、乳牛への影響としてデンマーク・オーフス大学の2014年の研究を引用していますが[11]、書誌情報が明記されておらず一次資料を追跡できませんでした。また、養鶏への影響については、Skalski et al.の2019年の研究を引用していますが[11]、書誌情報が示されておらず論文を確認することができませんでした。Skalskiが2019年に発表した風力発電に関連する学術論文は実在しますが、風力発電とコウモリに関する内容であり、養鶏とは無関係の論文でした。

現状は、風力発電以外の騒音研究から、風力発電所にも想定される問題として推察されている段階です。しかし、風力発電所の実際の状況とは異なるケースがあるため、風力発電以外の音を用いた調査結果を、風力発電にも拡大し一般化しようとするには注意が必要です。また、風力発電所の近隣で調査をする際、風力発電所からの距離以外の要因をコントロールすることは困難であるため、グループ間の違いは風力発電所が原因であると実証されているわけではありません。グループ間には距離の他に、人や車の往来、日照などの違いも想定されます。また、Karwowskaらの調査では、50 m地点と460 m地点にそれぞれ一つの飼育区しか設けられておらず、風力発電所からの距離以外の条件による影響が除外されていると判断できる根拠は示されていません。このため、グループ間に認められた差が風力発電所によって生じたと特定することはできません。また、一部の肉質指標に差があったことが、肉質全体の低下や家畜の健康被害を意味するわけでもありません。さらに、この結果が別の場所でも再現されるかは確認されていません。以上のように、現時点では、風力発電所が家畜に害を及ぼすことを示す直接的な証拠は限定的です。

参考文献

[1] Blanco-Penedo, I., Palacios-Riocerezo, C., Mena, Y., & Álvarez-Rodríguez, J., 2025, Relationship between physical structures associated with renewable energy and the health and welfare of extensive livestock: a literature review (Relación entre las estructuras físicas asociadas a las energías renovables y la salud y el bienestar del ganado extensivo: revisión bibliográfica), ITEA-Información Técnica Económica Agraria, 121(1): 17-38.

[2] Mormède, P., Andanson, S., Aupérin, B., Beerda, B., Guémené, D., Malmkvist, J., Manteca, X., Manteuffel, G., Prunet, P., van Reenen, C. G., Richard, S., & Veissier, I., 2007, Exploration of the hypothalamic-pituitary-adrenal function as a tool to evaluate animal welfare, Physiology & Behavior, 92(3): 317-339. https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2006.12.003.

[3] Morgan, K. N., & Tromborg, C. T., 2007, Sources of stress in captivity, Applied Animal Behaviour Science, 102: 262-302. https://doi.org/10.1016/j.applanim.2006.05.032.

[4] Head, H. H., Kull, R. C. Jr., Campos, M. S., Bachman, K. C., Wilcox, C. J., Cline, L. L., & Hayen, M. J., 1993, Milk yield, milk composition, and behavior of Holstein cows in response to jet aircraft noise before milking, Journal of Dairy Science, 76: 1558-1567. https://doi.org/10.3168/jds.S0022-0302(93)77489-5.

[5] Arnold, N. A., Ng, K. T., Jongman, E. C., & Hemsworth, P. H., 2007, The behavioural and physiological responses of dairy heifers to tape recorded milking facility noise with and without a pre-treatment adaptation phase, Applied Animal Behaviour Science, 106: 13-25. https://doi.org/10.1016/j.applanim.2006.07.004.

[6] Karwowska, M., Mikołajczak, J., Borowski, S., Dolatowski, Z. J., Marć-Pieńkowska, L., & Budziński, W., 2014, Effect of noise generated by the wind turbines on the quality of goose muscles and abdominal fat, Annals of Animal Science, 14(2): 441-451. https://doi.org/10.2478/aoas-2014-0003.

[7] Karwowska, M., Mikołajczak, J., Dolatowski, Z. J., & Borowski, S., 2015, The effect of varying distances from the wind turbine on meat quality of growing-finishing pigs, Annals of Animal Science, 15(4): 1043-1054. https://doi.org/10.1515/aoas-2015-0051.

[8] 厚生労働省, 2025,『日本人の食事摂取基準(2025年版)策定検討会報告書』.(2026年9月13日取得:https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316463.pdf)

[9] Castelo Branco, N. A. A., Costa e Curto, T., Mendes Jorge, L., Amaral Dias, L., Oliveira, P., & Alves-Pereira, M., 2010, Family with wind turbines in close proximity to home: follow-up of the case presented in 2007, 14th International Meeting on Low Frequency Noise and Vibration and its Control.(2026年8月20日取得:https://www.researchgate.net/publication/290444702_Family_with_wind_turbines_in_close_proximity_to_home_follow-up_of_the_case_presented_in_2007?utm_source=chatgpt.com)

[10] Chapman, S., & St George, A., 2013, How the factoid of wind turbines causing ‘vibroacoustic disease’ came to be ‘irrefutably demonstrated’, Australian and New Zealand Journal of Public Health, 37(3): 244-249. https://doi.org/10.1111/1753-6405.12066.

[11] Japan Energy Times, 2026, 「風力発電の音は動物に影響する?家畜・野生生物への騒音ストレス」『Japan Energy Times』.(2026年9月13日取得:https://japan-energy-times.com/wind-power-noise-impact-on-animals-livestock-wildlife-stress/)