名古屋大学大学院環境学研究科研究員 平春来里
A. 研究レビューから、風車騒音の音圧レベルは他の交通騒音よりも小さく、心筋梗塞や脳卒中を引き起こすような直接的な人体影響を引き起こすという証拠は確認されていません。ただ、風車騒音には特有の音の振幅の変化などがあり、それが他の交通騒音より煩わしいと感じる可能性があります。こういった煩わしさが人々の集中やリラックスした状態を阻害する可能性があり、睡眠に与える影響もあると言われています。このような知見に基づくと、風力発電所は住宅の近くには建設をしないという、距離に基づく規制が検討されるかもしれません。ただ、風車の近くに住む人々とプロジェクトの関係によっては煩わしさをあまり感じないという研究結果もあります。煩わしさと風車の距離だけでは、騒音規制の根拠とすることは難しく、より柔軟な騒音対策が必要だと言えます。
解説
風力発電施設から発生する騒音(以下、風車騒音)とは、風力発電施設が稼働しているときに発生する騒音のことで、「風力発電施設から発生する騒音等測定マニュアル」によると、測定にあたっては地域の残留騒音1ある場所における、ある時刻の総合的な騒音のうち、音響的に明確に識別できる騒音を除いた残りの騒音[1]に稼働している風力発電施設から発生する騒音を加えることとされています[1]。上記マニュアルを策定した検討会では、可聴周波数範囲が騒音として捉えられています[2]。この定義では、風力発電施設から発生する騒音に、低周波音や超低周波音騒音は含まれません。ただ「風力発電等による低周波音の人への影響」に関する研究がなされ、低周波音や超定数は音への対応も検討されてきました[3]。低周波音は概ね1Hz〜100Hzの音のことをさし、中でも人間の耳では聞こえにくい20Hz以下の音は超低周波音と呼ばれています[4]2環境省では「低周波音」を「おおむね100Hz以下の音」として定義してきましたが、国ごとにその周波数範囲が異なるため、その用語の使い方には注意が必要です [5]。環境影響評価法においては「低周波音」という用語は用いないこととされています [5]。音の評価量はいくつかありますが3音圧と音圧レベルの定義は異なります。音圧[Pa]とは音の強さ・大きさを表し、音圧レベル[dB]とは基準音圧に対する大小を表すために対数で数値化されたものです。騒音計で計測される値は、計測された「音圧レベル」に対し、周波数ごとに重みづけがされています。その理由のひとつが、音圧レベルの大きさと人間の感じる騒音の大きさが必ずしも比例するわけではないためです 。周波数補正のうち、人間が聴覚可能な範囲の周波数に重みづけをしたものがA特性音圧レベル[dB]です。A特性音圧レベルは騒音レベル[dB]とも呼ばれます。環境騒音の比較的長い期間の騒音を表す場合は、測定時間内で変動する騒音レベルの平均値である等価騒音レベル(Leq)[dB]を用います。等価騒音レベルが環境騒音に対する人間の反応を最も適切に評価できる量と考えられています。、このコラムでは、主にA特性音圧レベル(LA)[dB]、もしくは等価騒音レベル(Leq)[dB]を評価量として用います。その理由としては環境省の指針で、A特性音圧レベル(LA)が多くの国の騒音の指標で用いられている評価量であること、そして超低周波数領域の成分の音も含めて、評価に適しているとされているためです[2]。
風車騒音による人体への直接的な影響は、何が直接的な影響にあたるかについての定義はありません。このコラムでは生理学的な影響を直接的な影響、睡眠への影響やアノイアンスの知覚は間接的な影響として、知見を整理します。
風車騒音の音の程度はどの程度聞こえるでしょうか。スウェーデンで500kW-600kW程度の風車が14基立地する5地域の住民351人を対象に行った調査では、風車騒音の音圧レベルが30-35dB前後4知覚する音圧レベルには個人差があり、30dB以下でも知覚する人がいます[6]。であると、知覚する人が12%〜25%ほどになると言われています[6]。参考までに、日本の環境基準では、静穏を要する地域の夜間の基準値は40dBです。
風車騒音による人体への生理学的な影響に関する研究としては、デンマークで行われた、風車騒音による心血管リスクに関する全国規模のコホート研究5研究では風車騒音への長期的な曝露が心筋梗塞および脳卒中のリスクと関連するかどうかを調査されました。方法としては、1982年から2013年のいずれかの時期に、近隣の風力発電機の高さ20倍の半径内にあったデンマークの全ての住居と、同じ期間に少なくとも1つの風力発電機から20~40倍の高さの半径内にあった全ての住居の25%を無作為に抽出して行われました。風力発電機の位置と種類、気象条件と風車騒音のシミュレーション、居住地の住所、社会経済指標、1982年から2013年の疾患発症に関するデータを組み合わせて行われました。があります。この研究によると風車騒音による長期暴露と、心筋梗塞または脳卒中のリスクとの関連を示す説得力のある証拠は見つかっていません[7]。風車騒音に関するリスクは、他の環境騒音源と比較して6交通騒音への暴露による心血管系への影響に関するモデルでは高レベルの交通騒音にさらされた被験者では、持続的な騒音ストレスにより、高血圧や心血管障害のリスクが高まるという仮説が提示されました [8] [9]。これは実験室における騒音実験をもとに作成されている仮説的なモデルであるため、モデルの有効性を確認するためには実際に騒音が発生している状況下での実証的な研究が必要です。最小限であると結論づけられています[7]。一般的に風車騒音のレベルは、都市環境で見られる交通騒音のレベルよりもかなり低いため、交通騒音と健康に関する知見は風車騒音には当てはまりにくいです[7]。したがって、風車騒音への曝露が心血管系の影響をただちに引き起こすということは考えづらいと言えます。ただ、図1に示すとおり、複数の交通騒音と風車騒音を比較すると、同程度の騒音レベルであれば、風力発電機は交通騒音より迷惑を被ると感じる住民の割合が高いことがわかっています[6] [10]。その理由としては、交通騒音よりも予測可能性が低いこと、そして振幅変調により道路交通騒音とは異なるリズミカルな性質を持つことが原因だと考えられています[7]。したがって、風力発電機から発せられる騒音によるストレスが、集中やリラックス、睡眠といった活動を妨げることの影響には注意が必要です。
世界各国の風力発電の近隣住民を対象にした疫学研究をレビューした久保ら[11]によると、風車騒音の知覚の有無と、煩わしさや主観的評価に基づく健康指標の間には、統計的に有意な関連があります。つまり、騒音の知覚の割合が高いと、煩わしいと感じる可能性が高まります。ただ、それぞれの研究で設定しているアウトカム(出力、結果)は異なることに注意が必要です。ある研究では風車の睡眠の質をアウトカムと設定し、他の研究では自己申告の健康影響を設定しています。また、複数のアウトカムを設定している研究が大半であるため、疫学的研究レビューをもとに、全ての研究を統合して知見を得ることには根本的な難しさがあります。
アメリカで風力発電機の近隣住民の態度に関する全国調査をおこなったHoenら[12]の研究においても、音の煩わしさと風力発電機に対する態度の関係が調査されました。アメリカ全土の風力発電所に近接する住宅のうち、風力発電機が10基以上のプロジェクトであり、その発電所から8km以内に立地する住宅13,845件がサンプルとして抽出されました。研究結果によると、風力発電所周辺の住民は、平均的に事業には肯定的な態度を持っていますが、風力発電機が見えたり、風車から発生する音を聞いたりした回答者は、風力発電機に対して肯定的な態度を持つ可能性が低いことが分かっています[12] [13] [14]。この結果は風力発電施設からの距離が近く、風力発電機が見え、音が聞こえると風力発電施設に対して否定的な態度を持つことを示しています。しかし、Hoenら[12]の研究で重要な指摘なのは、音がより聞こえる可能性がある風力発電施設の近隣に住む人々(0.8km未満と0.8-1.6km)については、遠くに住んでいる人よりも一貫して肯定的な態度を示していることがわかったという点です。この調査結果は、音の煩わしさが風力発電事業に対する否定的な態度と必ず相関するわけではないことを示しています。その理由として考えられる要因は、住民がプロジェクトに参加しているかどうかや、プロジェクトの進展過程に対する公平性の認識だと言われています。
風車騒音の音圧レベルは他の交通騒音よりも小さいため、心筋梗塞や脳卒中を引き起こすような直接的な人体影響を引き起こすとは言えません。ただ、風車騒音特有の音の振幅の変化などがあり、それが他の交通騒音より煩わしいと感じる可能性があります。こういった煩わしさが人々の集中やリラックスした状態を阻害する可能性があり、睡眠に与える影響もあると言われています。このような知見に基づくと、風力発電所は住宅の近くには建設をしないという距離に基づく規制が検討されるかもしれません。ただ、風車の近くに住む人々とプロジェクトの関係によっては煩わしさをあまり感じない人もいる可能性があります。また、風力発電によると考えられる健康上の懸念は、風力発電機に対する態度が否定的であるほど懸念が大きくなるという、ノセボ効果によって生じている可能性もあります[15]。煩わしさと風車の距離だけでは、規制の根拠とすることは難しく、より柔軟な騒音対策が必要だと言えます。
参考文献
[1] 環境省, 2017a, 「風力発電施設から発生する騒音等測定マニュアル」(2025年5月12日取得, https://www.env.go.jp/content/900400665.pdf)
[2] 環境省, 2017b, 「風力発電施設から発生する騒音に関する指針について」(2025年6月4日取得, https://www.env.go.jp/air/noise/wpg/shishin_H2905.pdf)
[3] 環境省, 2012, 「環境省、 平成 22-24 年度 環境研究総合推進費(戦略指定研究領域)研究課題「S2-11風力発電等による低周波音の人への影響評価に関する研究」報告書(2025年6月4日取得, https://www.env.go.jp/policy/kenkyu/suishin/kadai/syuryo_report/pdf/S2-11.pdf)
[4] 環境省, 2007, 「よくわかる低周波音」(2025年6月9日取得, https://www.env.go.jp/air/teishuuhaon1zenntai.pdf)
[5] 石竹達也, 2018, 「風力発電施設による超低周波音・騒音の健康影響」『日本衛生学雑誌』73(3): 298-304.
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[7] Poulsen, Aslak Harbo, Ole Raasehau-Nielsen, Alfredo Peña, Andrea N. Hahmann, Rikke Baastrup Nordsborg, Matthias Ketzel, Jorge Brandt and Mette Sorensen, 2019, Long-Term Exposure to Wind Turbine Noise and Risk for Myocardial Infarction and Stroke: A Nationwide Cohort Study: A Nationwide Cohort Study, Environmental Health Perspectives, 127(3): 37004.
[8] Babisch W., 2002, The Noise / Stress Concept, Risk Assessment and Research Needs, Noise Health, 4(16): 1-11.
[9] World Health Organization Regional Office for Europe, 2009, Night Noise Guidelines for Europe(2025年4月28日取得:https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/326486/9789289041737-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y)
[10] Janssen, Sabine A, Henk Vos, Arno R Eisses, Eja Pedersen, 2011, A comparison between exposure-response relationships for wind turbine annoyance and annoyance due to other noise sources, Acoustical Society of America, 130(6): 3746–3753.
[11] 久保達彦・蓮沼英樹・森松嘉孝・藤野善久・原邦夫・石竹達也, 2017,「風力発電等による低周波音・騒音の健康影響:疫学文献レビュー」『日本公衆衛生雑誌』64(8): 403-411.
[12] Hoen, Ben, Jeremy Firestone, Joseph Rand, Debi Elliot, Gundula Hübner, Johannes Pohl, Ryan Wiser, Eric Lantz, T. Ryan Haac, Ken Kaliski, 2019, Attitude of U.S. Wind Turbine Neighbors: Analysis of a Nationwide Survey, Energy Policy, 134: 110981.
[13] Hübner, Gundula, Johannes Pohl, Ben Hoen, Jeremy Firestone, Joseph Rand, Debi Elliott and Ryan Haac, 2019, Monitoring annoyance and stress effects of wind turbines on nearby residents: A comparison of U.S. and European samples, Environment International, 132: 105090.
[14] Haac, T.Ryan, Kenneth Kaliski, Matthew Landis, Ben Hoen, Joseph Rand, Firestone Jeremy, Debi Elliott, Gundula Hübner and Johannes Pohl, 2019, Wind turbine audibility and noise annoyance in a national U.S. survey: Individual perception and influencing factors, Journal of the Acoustical Society of America, 146(2): 1124–1141.
[15] Simos, Jean, Nicola Cantoreggi, Derek Pierre Christie and Julien Forbat, 2019, Wind Turbines and Health: a Review with Suggested Recommendations, Environnement Risques & Sante, 18(2): 149–159.


