A.地震による風力発電機の破損は非常に稀ですが、2011年の東日本大震災では液状化によって基礎部分が傾いた事例が1件、能登半島地震においては石川県内の2ヶ所の風力発電所でブレードが破損・落下したことが報告されています。風力発電設備の強度や安全性については電気事業法にもとづく審査やウィンドファーム認証が必要となり、建築基準法に適合する耐震性能が求められています。また、ウィンドファーム認証ではサイト条件の評価の際に、過去の地震や津波の結果やハザードマップを参照することが求められています。また洋上風力発電については「洋上風力発電設備の維持管理に関する統一的解説」(令和2年改訂)には地震や津波の想定やそれに基づいた設計の指針が示されています。このように、認証や設計指針に基づいて風力発電設備を設置しつつ、発災時には風車が損傷する可能性があることを念頭において、事故防止に努めることが必要だと言えます。
解説
地震による発電設備の故障や破損などは、2023年以前は火力発電所に多くみられた。太陽光発電所でも地震による被害例があるが、風力発電設備への被害は報告されていなかった[1]。風力発電設備の故障例としては強風の影響による破損が多いが、地震によるブレードへの被害は極めて稀な事象である[2]。ただ、論文等では東日本大震災や能登半島地震では一部被害が報告されている。
東日本大震災がおきた2011年時点では、国内で設置されていた風力発電設備の多くは、2007年建設基準法改正前に設置されたものだった。しかし、東日本大震災で地震の被害を受けたのは鹿嶋発電所のみで、液状化によって風車の基礎部分が1.6度傾いたことが報告されている[3]。神栖洋上風力発電所は津波の直撃を受けたが、電気設備が海面より10m弱の位置に設置されていたため、津波による風車内部への浸水、電気設備への被害はなかった[3]。
令和6年の能登半島地震では、石川県内の風力発電所のうち2箇所でブレードの破損や落下が確認された[2][4]。能登半島地震のブレード破損原因はまだ解明中だが(表1)、地震動によって風力発電設備にかかった応答加速を計算すると、風車の支持構造物より、ブレードを含む風車本体の各部位で許容応力度を超えて損傷した可能性がある。また、破損したブレードはいずれもナセルの上に止まったブレードだった。ナセルの揺れにともないブレードの根本で最も大きな地震荷重を受けたこと原因のひとつとして推測されている[2]。
日本の風力発電の耐震設計技術は、これまで国際規格(IEC)と国内規格(主に建築基準法に基づく各種規基準)の両方を組込みながら、設計手法の改善、各種基準の制定・改定がなされてきた。その変遷を簡単に辿ると、建築基準法に基づいた安全性の確認が必要となる風車のハブ高さが60m以上と定められたり、地震動によって風車にかかる負荷と組み合わせて考えるべき荷重の定義がなされたり、あるいは風車の大型化にともない審査基準が見直されたりしてきた[5]。2014年に、風力発電設備は建築基準法に基づいて規制をうける工作物から除外され、基準の同等性が高かい電気事業法にもとづいて審査されることになったが[6]、建築基準法とともに発展してきた土木学会の「風力発電設備支持物構造設計指針・同解説2010年版」は、現在でも陸上風力設計者に参照されている[5]。
風力発電設備の強度や安全性については、民間のウィンドファーム認証機関によって評価される場合もある。ウィンドファーム認証とは「風力発電所を建設するサイトの環境条件の評価を行い、その環境条件に基づいて風車及び支持構造物の強度及び安全性が設計上担保されていることを確認する認証」である[7]。陸上のウィンドファームの認証では、評価フローの第一段階にサイト条件評価があり、その中では過去の地震や津波の結果を参照しなければならないこと、ハザードマップを参照しその根拠を示す必要がある。ただし、2023年5月の電気事業法の改正により、「登録適合性確認機関」という制度が新設された。これにより、従来行っていた工事計画審査におけるウィンドファーム認証の活用はとりやめ、工事計画の届出が必要となる出力500kW以上の風力発電所については登録適合性確認機関による事前確認が義務づけられた[8]1風車及び支持構造物に対する認証については、引き続き認証サービスを提供している民間の団体がある[14]。。
洋上風力発電の安全性評価においては、電気事業法、港湾法、船舶安全法など複数の法律に基づいた評価が必要になる(図1)。このうち、着床式洋上風力発電は電気事業法と港湾法に基づいた評価が必要だが、2020年12月に公表された「洋上風力産業ビジョン(第1次)」では電気事業法に基づく安全審査の合理化と、港湾法の審査の一本化を目指す方針が示された(図2)。2022年(R4)年の電気事業法改正や、登録適合性確認機関同士で合同調査を開始するなどして、手続きの合理化が進んでいる(表2)。
洋上風力発電は、地震発生時の津波の影響も考慮する必要がある。「洋上風力発電設備の維持管理に関する統一的解説」(令和2年改訂)2平成31年に経済産業省と国土交通省は港湾における洋上風力発電施設検討委員会を設置し、「洋上風力発電設備の維持管理に関する統一的解説」を策定・公表した[11]。しかしその後、再エネ海域利用法が施行され一般海域を利用する環境が整ったことや、浮体式洋上風力の技術が進展したことで、令和2年(2020年)に統一的解説の改訂が行われた。改訂された事項のうち「洋上風力発電設備の施工に関する審査の指針」において、タワーのプレアッセンブル時の強風・地震動の考え方が記載された。では洋上風力発電設備等に作用する自然条件として、風荷重、潮位3地震時は動水圧が最大となる潮位に、津波時は津波荷重が厳しくなる条件となる潮位に設定される。動水圧とは流水中の水圧のこと。流れの向きに垂直な面が受ける圧力で、水の単位面積あたりの運動エネルギー(質量と流速の二乗の積に比例)に等しい。、波浪荷重、津波荷重、水の流れによる荷重、洗掘、地盤、地震荷重、地盤の液状化・沈下があげられている[9]。津波の流速は水深が浅くなると速くなる傾向にあるため[10]、着床式、浮体式の違いや風車の建設位置によって、津波発生時に受ける水のエネルギーの大きさが異なるだろう。
一般海域の洋上風力発電設備に関しては、港湾レベル2地震動によって損傷するとしても、耐震強化岸壁などの港湾機能への影響は小さいことが確認できれば、レベル2の耐震性能は要求する必要がないとされている[10]。「レベル2地震動」とは1995年に発生した阪神・淡路大震災では港湾施設が壊滅的被害を受けたことから定められた、港湾施設の耐震性能のひとつである。耐震性能には「レベル1地震動」と「レベル2地震動」の2種類がある。レベル1地震動は併用期間中に発生する確率が高い地震動であり、レベル2地震動は併用期間中に発生する確率が低い(数百年の周期)が大きな強度を持つ地震動のことを指す[11]。
したがって、一般海域に洋上風力発電設備がある近隣自治体では、地震で風力発電施設がある程度損傷する可能性は視野に入れながらも、同時に海上で事故が起きないようにすること、港湾や陸域に損傷した部材が流れ着くことによって被害が起きないような対応策が求められるだろう。
表1 令和6年能登半島地震による風力発電所(石川県内)の被害状況[12]
被害事象 | 場所 | 出力(kW) | 事故の概要 | |
1 | 破損 | 石川県珠洲市 | 45,000 | ブレードの折損(他者への物損等なし) |
2 | 破損 | 石川県羽昨郡志賀町 | 7,480 | ブレードの折損により落下物が構内へ飛散(他者への物損等なし) |
※事故原因については調査中(2024年3月時点)
図1 風力発電所の安全に対する法規制の概要(2019年7月1日以降)
出典:[13][14]を参考に執筆者作成
図2 風力発電所の安全に対する法規制の見直しの概要
出典:[15][16]を参考に執筆者作成
表2 洋上風力発電所の安全に対する許認可の形式(2025年1月時点)
出典:[14][17][18][19][20]を参考に執筆者作成
参考文献
[1] 独立行政法人製品評価技術基盤機構, 2024,「電気工作物事故情報データベース:詳細公表システム」(2024年10月16日取得:https://www.nite.go.jp/gcet/tso/prs220131.html)
[2] 石原猛・難波治之, 2024,「令和6年能登半島地震と風力発電設備の耐震設計」『風力エネルギー』47(4): 709-712.
[3] 石原猛・山口淳・貴元剛太郎, 2011,「東日本大震災と風力発電設備支持物の耐震設計」,風力エネルギー, 35(1): 8-11.
[4] 東京新聞, 2024,「能登半島地震は「風力発電」にも大打撃、発災直後にすべて停止 風車が破損、電源は使用不能に」https://www.tokyo-np.co.jp/article/314331
[5] 山野井毅・阿部将好, 2023, 「大型風車の耐震設計と技術指針の変遷, 風力エネルギー, 47(3): 492-495.
[6] 国土交通省, 2014, 「建築基準法及びこれに基づく命令の規定による規制と同等の規制を受けるものとして国土交通大臣が指定する工作物を定める件の一部を改正する件の施行について(技術的助言)」,2014年3月18日, (2025年3月14日取得, https://www.mlit.go.jp/common/001061107.pdf)
[7] 一般社団法人日本海事協会, 2024,「ClassNKウィンドファーム認証 陸上風力発電所編」 (2024年10月17日取得:https://www.classnk.or.jp/hp/pdf/authentication/renewableenergy/ja/windfarm/NKRE-GL-WFC01_September2024_Jpn_20240901.pdf)
[8] 経済産業省, 2022,「登録適合性確認機関に係る制度設計について」(2024年12月20日取得, https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/hoan_seido/pdf/011_03_00.pdf)
[9] 辰巳大介・岡田理・山本修司, 2020, 「『洋上風力発電設備に関する技術基準の統一的解説』の改訂について」, 沿岸技術研究センター論文集, 20: 55-60.
[10] 洋上風力発電施設検討委員会, 2020,「洋上風力発電設備に関する技術基準の統一的解説(令和2年3月版)」(2024年11月2日取得:https://www.meti.go.jp/shingikai/safety_security/yojo_furyoku/pdf/20200327_01.pdf)
[11] 国土交通省港湾局, 2018,「港湾における護岸等の耐震性調査・耐震改良のためのガイドライン」(2024年11月2日取得:https://www.mlit.go.jp/common/001240456.pdf)
[12] 経済産業省, 2024,「令和6年能登半島地震の対応について」 (2024年11月2日取得:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/pdf/029_01_00.pdf)
[13] NEDO, 2014, 「再生可能エネルギー技術白書」(2025年3月10日取得,https://www.nedo.go.jp/library/ne_hakusyo_index.html)
[14] 日本海事協会, 2023, 「登録適合性確認機関の概要及び業務説明【ホームページ公開版】」(2025年3月10日取得, https://www.classnk.or.jp/hp/pdf/authentication/renewableenergy/ja/RD2301_20230405.pdf)
[15] 洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会, 2020, 「洋上風力産業ビジョン(第1次概要)」 (2024年12月16日取得,https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/yojo_furyoku/pdf/002_02_01_01.pdf)
[16] 工藤美香, 2022,「洋上風力の規格、技術基準と適合性評価」, 公益財団法人自然エネルギー財団(2024年12月16日取得, https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/REI-EU_20221130wksp_Kudo.pdf)
[17] 経済産業省・国土交通省, 2022, 「洋上風力に関する各種規制・規格の総点検について」(2024年12月20日取得:https://www.mlit.go.jp/kowan/content/001398216.pdf)
[18] ビューローベリタスジャパン株式会社, 2024, 「ウィンドファーム認証〜登録適合性確認機関について〜」(2025年3月18日取得:https://www.bureauveritas.jp/magazine/221212/003)
[19] 国土交通省, 2022, 「港湾の施設の技術上の基準に係る「登録確認機関」の登録更新通知書の伝達式を行います」(2025年3月18日取得:https://www.mlit.go.jp/report/press/port05_hh_000213.html)
[20] 国土交通省, 2024, 「ビューロー・ベリタス(フランスの船舶協会)を我が国の船舶検査団体として登録しました!」国土交通省, 2024年3月29日(2025年3月18日取得:https://www.mlit.go.jp/report/press/kaiji08_hh_000097.html)