第1章 はじめの一歩

2012年1月1日

 1.TATSUJINへの道はレポートにあり
 2.SHINJINのための文献ガイド

1.TATSUJINへの道はレポートにあり

 毎年のことなのだが、卒業論文を書き終わった4年生が口にする言葉は「時間がなかった」である。そして後輩へのアドバイスも、決まって「早めに取りかかった方がいい」である。また、教官も「早めに卒論の準備をするように」といつも言っている。
 しかし、「じゃあ、早めに卒論に取りかかろう」と思っても、実際に何をどうすればいいのか、誰も教えてくれない。過去に卒論を書いた経験などないから、何が何だかさっぱりわからない。「まじめに勉強すれば、まともな卒論が書ける」といわれることもあるが、受験勉強式に「まじめに」勉強しようものなら、「勉強の仕方が間違っている」と指摘されるのがオチだ。では、どうやったら、まともな卒業論文が書けるのか。どのようにしたら、「卒業論文のTATSUJIN」への道を、堂々と歩むことができるのか。
 実は、大学教育の中には、卒業論文のための訓練機会がもうけられている。それをレポートという。正しいレポートの書き方を知っていれば、その経験が卒業論文の執筆に役立つのである。「レポートを制するものは卒論を制する」のだ。確かに、レポートを書ける程度で「卒業論文の TATSUJIN」を名乗ることは出来ない。せいぜいBONJINである。しかし、そのBONJINになることが、「卒業論文のTATSUJIN」になるための前提条件なのだ。
 そう、この冊子は、レポートを制し、「卒業論文のBONJIN」になるための道案内の書なのである。

2.SHINJINのための文献ガイド

 社会学の入門書は数多い。しかし、その大半は社会学の概説書である。確かに、社会学を学ぶ上で概説書はなかなか便利である。便利ではあるが、肝心な社会学の勉強の仕方が書かれていない場合が多い。あたかも「高校までの受験勉強式にテキストを読め」と言わんばかりに、延々と説明が続くのである。これではまじめに勉強しても、「よい子の作文」レベルの卒業論文しか書けない(もちろん、だからといって概説書を読まなくてもいいわけではない)。
 「卒業論文のTATSUJINを目指そう」と意気込むあなたは、概説書の読み方も含め、社会学の勉強の仕方を学ぶべきである。そのために、これからいう本を買い、読んでほしい。まず最初に、国語辞典である。レポートや卒業論文中の誤字脱字などは、社会学以前の問題である。国語辞典は、こういった問題を事前に防ぐ際に、役立つものである。その意味では、漢和辞典もあった方がいいだろう。それから次の本のどちらかを購入する。

木下是雄, 1981, 『理科系の作文技術』, 中央公論社(580-)
木下是雄, 1994, 『レポートの組み立て方』, 筑摩書房(757-)

  『理科系の作文技術』は、定番本であり、文科系でも利用されている。『レポートの組み立て方』は、『理科系の作文技術』をより汎用化したものである。いずれも、生協書籍部に行けば、必ず手に入れることができる。ただし、買っても読む必要はない。いや、この本に関しては読んではいけない。クソマジメにアンダーラインを引きながら精読するなど、非効率である。この手の本は、机の上に置いておけばいいのである。基本的に国語辞典を同じと思ってよい。つまり「読む」ためではなく、「ひく」ための本だと思ってほしい。実際にレポートを書く段階になって、パラパラとめくりながら、必要な項目に目を通せばよいのである。
さて、机の上に国語辞典とレポートの書き方の本がそろえば、いつでもレポートや卒業論文の執筆を始めることができる。そこで次は、社会学の勉強の仕方、レポートや卒業論文を書くときの技術や心得、思考術などを身につけたい。最初に読みたいのは、

野村一夫, 1995, 『社会学の作法・初級編』, 文化書房博文社(1,359-)

 である。社会学で卒業論文を書くなら、社会学の研究作法を知る必要がある。この本は、読書の仕方、文献のさがし方、レポートの書き方、論述試験の答案の作り方など、社会学を学ぶ作法を丁寧に説明している。卒業論文を書くための基礎体力養成術を記した必読書なのだ。しかし、精読の必要はない。とりあえずは、エッセイを読む気分でさらっと読み、本棚にたてておけばよいだろう。いずれ、レポートや卒業論文を執筆するときに読み返したくなるはずだ。
野村氏の本を読んだら、次にレポート作成に限って、もう少し技術や心得を知っておきたい。ということで、

久田則夫, 1996, 『ノリさんの楽々レポート作成術』, 大揚社(1,800-)

 を読んでみよう。本来は社会福祉系の学生・職員などのために書かれた本であるが、学ぶべきところは多い。特に、レポートとは何か、どのようなことをを書けばいいか、文献をどうやって探すのか、どのような点に注意してレポートを書けばいいか、などを懇切丁寧に説明してくれている。この本を読んでいるか読んでいないかで、レポートの出来が全く異なってくるくらい、丁寧に論じている。しかも、読みやすい。この本も精読するのではなく、とりあえず斜め読みでかまわない。技術的な詳細は、読み飛ばしてもよい(引用の仕方などは、この冊子あるいはTATSUJIN編に準拠することが望ましいので、読まなくてよい)。読み終わったら、『社会学の作法・初級編』の横に立てておこう。
レポートの技術や心得についての情報を得たら、次は、思考方法についての本を読もう。この類の本としては、

苅谷剛彦, 1996, 『知的複眼思考法』, 講談社(1,456-)
H.ゼターバーグ, 1973, 『社会学的思考法』, ミネルヴァ書房(絶版)

 が、優れている。苅谷氏の本は折原先生推薦の1冊である。野村氏や久田氏の本が初級だとしたら、これは中級編にあたる。ゼターバーグの本は、松本先生の推薦の本で上級編にあたる。現代版『社会学的方法の基準』と言ってもよいくらいの本で、社会学研究者にとっても参考になる。ただし、1973年発行の古い本であり、残念ながら現在は絶版である(ミネルヴァさん、早く復刻してください)。図書館などを探してコピーするべし。この中級編と上級編も、基本的には斜め読みでよい。そして本棚に立てておこう。
 さて、ここまでくれば、机の上には辞書と読んでない本が1冊、本棚には斜め読みした本が4冊あるはずだ。これだけのことをしていれば、卒業論文のTATSUJINへの第一歩を踏み出したことになる。この後なすべきことは、上述の本に書かれていたことを参考に、試行錯誤しながら、あなた自身が学ぶスタイルを作り上げることである。もちろん、そのスタイルはマニュアル通りである必要はないことは言うまでもない。
ちなみに、卒業論文について知りたい人のために、おもしろい本を紹介しておこう。多少、ふざけたタイトルであるが、

川崎賢一・藤村正之編, 1992, 『社会学の宇宙』, 恒星社厚生閣.

 という社会学の概説書がある。書かれている内容も、多少悪ふざけ的な面があるが、それがかえっておもしろい。この本の第6章は「社会学戦士としてのファースト・トライ–卒論プロセス・シュミレーション–」と題され、卒論の書きはじめから提出までがシュミレートされている。卒論を書く際に生じ得る様々なトラブルまで「ちゃんと?」論じているところが、実にいい。例えば、テーマが決まらないとか、ワープロのプリンタが壊れたとか、文献リストをつくり忘れたとか、時間がないなど、どこかで聞いたような、誰かがやったような事例が書かれている。そうならないためにはどうすればいいか。その方法を教えてくれる貴重な1冊である。第6章を読むためだけに購入してもいいだろう。値段は税抜き1800円である。