上村泰裕「上田貞次郎に関する資料」

 

上田貞次郎旧蔵の文書は、@一橋大学附属図書館、A一橋大学学園史資料室、B長男・上田正一氏宅、の3か所に所蔵されている。

 

一橋大学附属図書館には、貴重資料室に「上田貞次郎氏資料」として138冊のノート、講演草稿、未刊訳稿、3通の上田宛書簡などが保存されている。ノートは5種に大別され、日記類31冊(公刊済み。ただし、新聞記事などの挟み込みあり)、講義・著書原文ノート37冊(貨幣論・財政学など、著書として刊行されていないものも含む)、研究ノート16冊(ミル経済学原理、鐘淵紡績委嘱のクルップ社労働者設備調査、京都織物業研究など)、英独留学中ノート15冊(バーミンガム大学アシュレー教授の英国経済史、ボン大学シューマッハー教授の経済政策など)、学生時代筆記ノート39冊(和田垣謙三教授の商業史、山崎覚次郎教授の経済学など)が残されている。現在同図書館において、上記史料の電子化作業が進められている。書簡は、一橋大学兼松講堂貴賓室に展示されていたもので、堀光亀・村瀬春雄・三浦新七など同僚教授からのものである。一方、同図書館には旧蔵書が「上田文庫」として整理されており、経済史・経営学・経済政策関連を中心に和書1691冊、洋書1334冊が保存されている。カード目録のほか、和書については同図書館ホームページにも目録が掲載されている。なお、1850年以前に刊行された貴重図書は、一橋大学社会科学古典資料センターに分置されている。

 

一橋大学学園史資料室には「上田貞次郎宛書簡」として242通が保存されている。内容は、学界(関一・福田徳三・根岸佶・三浦新七・吉野作造・左右田喜一郎・穂積重遠・高田保馬・小泉信三・那須皓・谷口吉彦・麻生久・佐野学・上田辰之助・大塚金之助・蝋山政道・猪谷善一ほか)、実業界(渋沢栄一・江口定條・正田貞一郎・前田卯之助・村田省蔵・高島菊次郎ほか)、紀州関係(岡崎邦輔・松島剛・鎌田栄吉・有馬良橘・下村宏・徳川頼貞ほか)、外国人(Sidney Webbとの往復書簡、Goldsworthy Lowes Dickinson・Sydney John Chapman・Hugh Owen Meredith・Walter Russell Crockerほか)などである。

 

長男・上田正一氏宅には、以下のものが残されている(原則として非公開)。手帳(明治33年〜没年まで各年)。各種公職の辞令。妻テイや息子たちに宛てた書簡多数(一部は、上田貞次郎全集刊行会『上田貞次郎全集・解説と栞』1976、に紹介されている)。門下生からの書簡。アルバム・肖像写真多数。新聞切り抜き(自著論文と自らに関する記事。逝去時の記事もあり)。自由通商協会の発足に関する綴り。ほかに、上田正一氏が伝記執筆のために収集した資料の綴りが十数冊ある。

 

さて、上田の主な著書・論文は、『上田貞次郎全集』全7巻(上田貞次郎全集刊行会、1975-1976。各巻のタイトルは『経営経済学』『株式会社経済論』『産業革命』『社会改造と企業』『貿易関税問題』『日本人口論』『新自由主義』)に収録されている。第7巻の巻末には、完備された著作目録と年譜が掲載されている。また、随筆は上田貞次郎『白雲去来』(中央公論社、1940)として、日記は上田貞次郎『上田貞次郎日記』全3巻(上田貞次郎日記刊行会、1963-1965。第3巻の巻末に全集とは別の年譜あり)として、それぞれ公刊されている。上田が発刊し「新自由主義」提唱の舞台となった雑誌『企業と社会』(同文館、1926-1928)も重要な資料である。なお、著書のうち『英国産業革命史論』(1923)は中国語に抄訳され、熊懐若編訳『英国産業革命史略』(1937)として上海商務印書館より刊行された。また、1938年に太平洋問題調査会より刊行された英文の中小工業論は、Teijiro Uyeda, 2000, The Small Industries of Japan: Their Growth and Development(Japanese Economic History 1930-1960, Volume ], Routledge)として復刻されている。

 

上田の評伝としては、小泉信三「上田貞次郎」(同『現代人物論──現代史に生きる人々』角川新書、1955)、上田辰之助「新自由主義の企業者職分論──士族的職分思想家としての上田貞次郎博士」(同『経済人の西・東』みすず書房、1988)、山中篤太郎「上田貞次郎先生──一つの評伝」(『一橋論叢』53巻4号、1965)などのほか、長男・上田正一氏による『上田貞次郎伝』(泰文館、1980)がある。研究者としての上田については、全集の各巻末に門下の研究者による解説が付されている。上田の「新自由主義」に対する発表当時の批評としては、『改造』大正15年10月号および『新政』大正16年新年号の新自由主義特集などがある。その政治史上の位置づけについては、伊藤隆『昭和初期政治史研究』(東京大学出版会、1969。57-58頁)、三谷太一郎『新版大正デモクラシー論』(東京大学出版会、1995。30頁)、石田雄『日本の政治と言葉・上──「自由」と「福祉」』(東京大学出版会、1989。109-120頁)がある。経済思想史からの再評価としては、西沢保「上田貞次郎の経済思想──社会改造と企業者を中心に」(杉原四郎編『近代日本とイギリス思想』日本経済評論社、1995)、同「上田貞次郎の新自由主義・日本経済論」(都築忠七ほか編『日英交流史1600-2000・5・社会・文化』東京大学出版会、2001)がある。一方、経営学の先駆者としての上田については、裴富吉「日本経営学の創生──上田貞次郎の経営学説」(同『日本経営学史──規範学説の研究』白桃書房、1982)などがある。

 

上田の研究がその後いかに継承発展されたかについては、一橋大学学園史刊行委員会編『一橋大学学問史』(一橋大学、1986。特に、雲嶋良雄「経営学」、外池正治「工業政策・中小工業論」、小島清「貿易政策・経済開発論」、大陽寺順一「社会政策」、依光正哲「人口問題」)の各章が参考になる。また、追悼論文集として『上田貞次郎博士記念論文集』全4巻(科学主義工業社、1942-1943。各巻のタイトルは『経営経済の諸問題』『経済の歴史と理論』『統制経済と中小工業』『人口及東亜経済の研究』)が刊行されている。さらに、『自由通商』13巻7号および『一橋論叢』7巻1号が上田追悼号と銘打たれている。一方、教育者としての上田については、上田会編『上田貞次郎先生の想い出』(上田会、1983。例えば、ゼミ生であった茂木啓三郎や小坂善太郎の寄稿)によって偲ぶことができる。なお、同書の巻末には、収録されていない追悼文(志立鉄次郎・平生釟三郎・三浦新七などによる)のリストが付されている。最後に、師・福田徳三との特異な師弟関係については、菊池城司『近代日本における「フンボルトの理念」──福田徳三とその時代』(広島大学大学教育研究センター、1999)によって窺うことができる。

2002829日記 上村泰裕)

 

 

Teijiro Uyeda, 2000(1938), The Small Industries of Japan: Their Growth and Development(Japanese Economic History 1930-1960, Volume ], Routledge)

ChapterT. The Present State of the Small Industries of Japan

ChapterU. The Cotton Industry(美濃口時次郎と共著)

ChapterV. The Rayon Textile Industry(左右田武夫と共著)

ChapterW. The Woollen Industry(井口東輔と共著)

ChapterX. The Rubber Goods Industry(小田橋貞壽と共著)

ChapterY. The Bicycle Industry(子安浩と共著)

ChapterZ. The Enamelled Ironware Industry(子安浩と共著)

Chapter[. The Electric Lamp Industry(井口東輔と共著)

Appendix. Cost of Living and Real Wages in Japan, 1914-1936(井口東輔と共著)

 

"Uyeda's volume, closely based on an earlier Japanese publication, embodies some of the best scholarship on the Japanese economy of the time. It incorporates an immense amount of statistical data, most of it drawn from the latest official sources, but at the same time it goes beyond the mere chronicling of numbers to explore and analyse their implications. Uyeda's strongly social scientific approach manifests an important characteristic of scholarship on Japan's economy during the prewar years. That is, at a time when Japan was still very much a developing economy, and when the rhetoric of nationalism and patriotism was becoming increasingly rampant, some Japanese scholars were able to carry out research and analysis in this area with a sophistication and objectivity equal to the best scholarship in the social sciences elsewhere."

 

"The Small Industries of Japan is a mine of information for anyone interested in Japan's industries of the interwar years, but it is much more than this. It describes a manufacturing sector that embraced a diversity of organisation, scale of operation and production; in which labour could be provided by family members, waged factory workers or subcontractors; and where technologies could be simple or highly sophisticated. Its content has important implications for contemporary readers. First, the term 'industrial dualism' does not capture the spectrum of manufacturing activity and organisational forms described even in this book, let alone the range that existed in the many other areas of manufacturing outside the scope of this volume, such as the heavy chemical industries. Second, Uyeda's study demonstrates how the flexibility of small producers was an important factor in their persistence in 1930s, an attribute that also played a part in their subsequent evolution. Finally, the presence, albeit in prototypical form, of certain factors normally associated with postwar manufacturing, such as subcontracting or assembly of parts from specialist component makers, suggests that it may in some respects be less than helpful to emphasise the '1940 system' as the key watershed in Japan's postwar development."

 

──────Janet Hunter(Teijiro Uyeda, 2000, The Small Industries of Japan序文より)

 

 

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