大隈言道『草徑集』私抄

 

大隈言道(1792-1868)という、どちらかというとマイナーな歌人のうたが気に入りました。

その一部をお目にかけまず。

 

 

六《水邊梅》川水もそなたによりてながれゆくうめのこかげのなつかしきかな

一二《夜梅》くらき夜はをちのうめが枝思はずも臥屋のまどにきぬるかぞする

一四《二月》になはれてゆくうめさへもさかりなる京の春の二月のそら

二一《わらび》こゝにもと人にいふまにさわらびのありかうしなふ春のゝべかな

三六《尋花》さく花を尋てゆけばいつよりかこぞこし道にみちはなりきぬ

六六《折花》たむかひもせぬがほにしてなかなかに折袖はぬる花の枝かな

七一《風前落花》さそひゆくちからつかれて散花をながるゝ水にゆづる山風

八六《橋霞》はるの野にはしうちわたるわが身をばかすみにそへて人やみゆらむ

一二六《釣翁》つりもえで歸るかたみのむなしきをかろめがほにも吹あらしかな

一四二《夕日》夕日影このまをもりていくすぢか庭にわたせるきぬのうす機

一五二《風車》いもが背にねぶるわらはのうつゝなき手にさへめぐる風車かな

一五六《子》おやなけば子さへなくなり世の中のせむすべなさも何もしらずて

一五八《歌》身におはぬことのみいひていつもいつもうたの心にはぢおもひつゝ

一七八《すゞみ》たそかれとわかずなりゆく橋のうへにこゑしる人のつどふ比かな

一八九《なでしこ》さとゝほき野にさきいでゝ只獨おやもなげなるなでしこのはな

二〇七《旅別》今はわれいくさとざとか過つらむわかれかねたる心ながらに

二五〇《月下無酒》月きよみさけはとゝへどをとめどもゑみてこたへもなげにみゆ也

二五一《月下獨酌》三日月の入をみるまもなぐさめのなきにはまさる酒の一坏

二六五《獨居月》かくれゐてわがあとさらぬ影法師ゐならびてだに月をみよかし

二八〇《果》おちいるとみればうかみて橿のみのかずもしられずよるみぎはかな

三〇五《閑居松子落》めのまへにひとつ落たる松のみのさらにもおちずくるゝけふかな

三二一《山郷》たゞ一夜やどをかりねのまくらにもこのみまろべる秋のやまざと

三二五《山家灯》灯のもとにかたらふ人影も松のはごしに見ゆるやまざと

四二三《水鳥》水鳥はたちてあとなき川のおもにやがても落ずまふひと羽哉

四二八《寒夜》おやもこもうちぞゝろひてそばゆさへあられふる夜はあはれにぞ飮

四二九《冬野》野べさむきかへさも樂しわがやどにかみたるさけものこりありやと

四七六《旅中雨》ゆくゆくもしぐれにぬれて見いるればたく火にあたる家もありけり

四八〇《元日草》うれしくもとしのはじめのけふの日の名におひいでゝさくやこの花

四八八《行路梅》うめかをる風にまよひてそなたへと俄にをるゝさとの中道

五〇七《かすみ》花折て夕川わたるをとめらをけしきにこめて立かすみかな

五九一《閑居夕庭》これのみやけふはありつることならむ松のみ一おちし夕ぐれ

六一〇《山路三月盡》おりたちてえもとゞまらぬ山道のとくもきにける春のはてかな

六一八《夏艸》なでしこの花もまじれる夏草をおしまろめても荷ふさと人

六二七《わらは》をさなきもまたをさなきをなつかしみ鳥の子いだくさとのたわらは

六九三《月前時雨》照月のなべて照せる冬の野をところどころになすしぐれかな

六九四《夜路時雨》さよしぐれふるとてひらくからかさに月もさしたる郷の通路

六九九《埋火》あたゝげもなげになりゆく時しもぞはなれがてなる夜はの埋火

七二九《濁醪》み冬よりかけてのみたるさけさへものこるさむさのほどは在けり

七三六《野霞》立かはるかすみをみれば朝な朝なきのふに同じ野はなかりけり

七五三《つばくらめ》燕おやまちかねてならべればわれもおそしと見る軒端哉

七八八《夢山花》あかずして歸りしゆゑか思ひ寐のゆめぢにつゞく花の山道

八二八《蕪大根》春深みおほねかぶらもゝろともに花のたぐひになれるころかな

八五六《蓮花》夕ぐれの風をすゞしとねぶるまに蓮の一花ちりつくしけり

八九五《苅田》みわたせば秋のちまちだかりはてゝわが庵一のこしぬる哉

九二四《川船》さしやめてながるゝ水に任すればともゝへもなく下る川ふね

九六二《鐘》いつとなき手枕のまに日はくれてねよとの鐘にねざめをぞする

九六八《思來世》しなたかきこともねがはずまたの世はまたわが身にぞなりてきなまし

九七〇《船路》こしかたに冬のひかずは過はてゝこゝより春の船路なりけり

九七一《鯛》春をまつ人にや見せむなだのうらの雪の中なる花さくら鯛

 

1995年。大隈言道『草徑集』岩波文庫)

 

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