「社会学の原理に題す」

 

社会学の初代教授・外山正一(1848-1900,号は丶山〔ちゅざん〕)は、新体詩の詩人としても知られています。

『新体詩抄初編』(1882)は井上哲次郎(哲学)や矢田部良吉(植物学)と共編で、訳詩14編と創作詩5編を集めたものです。

外山はテニソン、キングスレー、シェークスピアなどを訳したほか、「抜刀隊の詩」「社会学の原理に題す」を創作しています。

「シェーキスピール氏ハムレツト中の一段」という訳詩には、「死ぬるが増か生くるが増か、思案をするハこゝぞかし」とあります。

一方、創作詩「社会学の原理に題す」のほうは、詩にしてはオッペケペー節のようで、科学にしては似而非科学的というか俗流進化論であり、

なんともお粗末な感じです。しかし、秩序ある進歩を唱えるスペンサー社会学が、後進国の近代化事業にぴったりの思想だったことは確かでしょう。

「社会の学の原理をバ書にものさるゝ最中ぞ」とあるのは、Herbert Spencer(1820-1903) Principles of Sociology,1876-1896 のことで、

まさに同時代の本だったわけです。「既に出でたる一巻」は、『新体詩抄』と同年に出た乗竹孝太郎訳『社会学之原理』(1882,三巻中第一巻の訳)です。

(以下のテクストは菊池真一氏の入力によるもので、「明治大正詩歌文学館」から許可を得て転載させていただきました。)

 

 

「社会学の原理に題す」丶山仙士

 

宇宙の事ハ彼此の 別を論ぜず諸共に

規律の無きハあらぬかし 天に懸れる日月や

微かに見ゆる星とても 動くハ共に引力と

云へる力のある故ぞ 其引力の働ハ

又定まれる法ありて 猥りに引けるものならず

且つ天体の歴廻れる 行道とても同じこと

必ず定まりあるものぞ 又雨風や雷や

地震の如く乱暴に 外面ハ見ゆるものとても

一に定まれる法ハあり 野山に生ふる草木や

地をハふ虫や四足や 空翔けりゆく鳥類も

其組織より動作まで 都て規律のあるものぞ

又万物ハ皆共に 深き由来と変遷の

あらざる物ハなきぞかし 鳥けだものや草木の

別を論ぜず諸共に 親に備ハる性質ハ

遺伝の法で子に伝へ 適するものハ栄ゑゆき

適せぬものハ衰へて 今の世界に在るものハ

桔梗かるかや女郎花 梅や桜や萩牡丹

牡丹に縁の唐獅や 菜の葉に止まる蝶てふや

木の間囀る鴬や 門辺にあさる知更鳥や

雲居に名のる杜鵑 同じ友をバ呼子鳥

友を慕ひて奥山に 紅葉ふみわけ啼く鹿や

訳も分らで貝の音に 追ハれてあゆむ牛羊

羊に近き歳ハまだ 愚なことよ万物の

霊とも云へる人とても 今の体も脳力も

元を質せば一様に 一代増に少しづゝ

積みかさなれる結果ぞと 今古無双の濶眼で

見極ハめたるハこれぞこれ アリストートル、ニウトンに

優すも劣らぬ脳力の ダルウ井ン氏の発明ぞ

これに劣らぬスペンセル 同じ道理を拡張し

化醇の法で進むのハ まのあたりみる草木や

動物而己にあらずして 凡そありとしあるものハ

活物死物夫而己か 有形無形夫々の

区別も更になかりしを 真理極めし其知識

感ずるも尚あまりあり されバ心の働も

思想智識の発達も 言語宗旨の改良も

社会の事も皆都て 同じ理合のものなれバ

既にものせる哲学の 原理の論ぞ之に次ぐ

生物学の原理やら 心理の学の原理をバ

土台となして今更に 社会の学の原理をバ

書にものさるゝ最中ぞ 此書に載せて説かるゝハ

そも社会とハ何ものぞ 其発達ハ如何なるぞ

其結構に作用に 社会の種類如何なるや

種族と親と其子等の 利害の異同如何なるや

男女の中の交際や 女子に子供の有様や

取扱の異同やら 種々な政府の違ひやら

違ひの起る源因や 僧侶社会のある故や

其変遷の源因や 儀式工業国言葉

智識美術や道徳の 時と場所との異同にて

遷り変りて化醇する 其有様を詳細に

論述なして三巻の 長き文にぞせらるべき

最とも目出度き美学こそ 既に出でたる一巻を

読たる者ハ誰ありて 此書を褒めぬ者ぞなき

実に珍敷しき良書なり 社会の事に手を出して

何から何とせハをやく 責任重き役人や

走り書きやらからしやべり 舌も廻ハらぬくせにして

天下の事ハ一と飲みと 法螺吹き立てゝ利口ぶる

新聞記者や演説家 此書を読みて思慮なさバ

人をあやまる罪とがの 少しも減りもするならん

月日の事や星の事 動植物や金属や

夫等の事ハさて置きて 凡そ天下の事業ハ

畳一枚させバとて 足袋を一足縫へバとて

長の年月年季入れ 寐る眼も寐ずに習ハねバ

出来る事にハあらざるに 濁り社会の事計り

年季も入らず学問も するに及バぬ訳なれば

新聞記者や役人と 成るハ最と最と易けれど

か様な者が多ければ 忽ち国に社会党

尚ほ恐しき虚無党の 起るハ鏡に見る如し

揉め揉めたる其上句 虻蜂取らずの丸潰れ

秩序も建たず自由なく 泥海にこそなるべけれ

再び浪風静まりて 大平海と成る迄ハ

百年足らず掛らんハ 革命以後の備蘭西の

有様見ても知れたこと そこに心が付きたらバ

妄に手出しする勿れ 妄にしやべること勿れ

広き世界の其中に 恐るべきもの多けれど

盲目同士の戦に 越したるものハあらぬかし

覘ひきまらぬ棒打の 仲間入りこそあやふけれ

今の世界ハ旋風 烈しく旋る時なるぞ

烈しき中へつい一寸 絡き込まれたら運の尽

足も据ハらず瞑眩き 頭ハいとゞぐら付きて

ぐる/\/\と廻されて すき間もあらず廻ハされて

上句のハてハ空中へ 絡き上げられて落されて

初て悟る其時ハ 早遅蒔の辣椒

後悔先きに立ぬなり 颶風烈しく吹く時ハ

其吹く中へ過ちて 船を入れぬが楫取の

上手とこそハ云ふべけれ 政府の楫を取る者や

輿論を誘ふ人たちハ 社会学をバ勉強し

能く慎みて軽卒に 働かぬやう願ハしや

 

 

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