上田良二「中教審答申への意見」



中央教育審議会の「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」(1996年)に、次のような文章がある。

「人間の知的創造力が最大の資源である我が国にとって、諸外国以上に、科学技術の発展は重要である。特に、欧米先進諸国に追い付くことを目標に、欧米先進諸国が築いてきた科学技術を活用しつつ、科学技術と経済の発展を遂げてきた我が国は、今後、独創的な科学技術を生み出すなど自らフロンティアを開拓し、人類の知的資産を形成するとともに、ゆとりのある豊かな社会を築いていかなければならない。」

私が意見を言いたいのは最初の部分である。この文章は、わが国がすでに知的創造力を最大の資源として持っているかのように述べている。しかし、現実に持っているのは模倣的技術力のみであって、資源として使えるほどの知的創造力はまだ持っていないのである。わが国からも創造的な業績が出てはいるが、欧米先進国に比べればはるかに少ない。だから、これから知的創造力の育成に力を入れ、ゆくゆくは「独創的な科学技術を生み出す」ようになりたい、というのが筋の通った話ではなかろうか。

模倣的技術力の育成とても困難だが、知的創造力の育成はさらにはるかに困難である。それをすでに持っていると思うのは全くの錯覚である。日本人は優秀だが、ちょっと成功すると身のほどを忘れて慢心する癖がある。それが無意識のうちに、上のような文章になって表われたと思われる。謙虚に反省して堅実な道を開いていただきたい。

(原題「隠居の直言――中教審答申への一意見」。「大学の物理」第8号、1997年)


目次へもどる

トップページへもどる