上田良二「浅く広くか、深く狭くか」



表題のような質問に対して、私はどちらでもよいと答えたい。ある生徒に対しては前者が適し、他の生徒には後者が適している。前者がよいと信じている教師がその趣旨で教えれば多くの生徒がそれに適してくるし、後者の場合も同様だろう。

いずれがよいかを教師どうしで討論しあうのはよいが、いずれかに決めようという目標で議論するのは好ましくない。それぞれの教師がどちらでも選びうる自由が残されていなければなるまい。いずれにしても、学問というものは底がなく限界のないものだということを、知らず知らずの間に生徒に感得させてほしい。

最近、私は工学部で教えているが、「原子物理はどれだけ覚えればよいか」といった質問を受けることがある。注意して見ると、このような質問をするのは、むしろ成績のよい学生に多い。彼らは頭もよくファイトもある。試験に対してつねに完璧を期して勉強してきた連中である。受験勉強ならこれだけ覚えれば完璧ということもあろうが、そのような考え方では学問はできない。

力学のような学問でも、ニュートンの式を習得しただけでよいわけではない。ハミルトンの方程式、フェルマーの原理、幾何光学との類似、と掘り下げていくと、私などはまだまだ十分な理解に達していない。また逆に、力学を応用する一例としてビルの振動をとってみても、建築材料や地盤に関する広い知識がなければ満足な話はできない。

知識に範囲を設定して勉強してきた者は、大学に進学して学問に限界のないことを知ると、非常な不安を覚えるようだ。学部を終わってもその考えからぬけ出せない者は、いかに頭がよくても大学院に入ると進歩が止まってしまう。これは私の主観ばかりではないと思う。

(「KBGK物理学草稿集」、1974年)


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