上田良二「若手は賭けをする勇気を持て」



キャンベラ会議に出席して、日本人の論文は数が多いのみでなく、質も平均点以上だと改めて感じた。しかし、いずれも小粒でスケールの大きなものがない。

日本人の業績として一番よく引用されるものに、菊池パタンがある。1928年のこの仕事以来、その右に出るものがない。この私の印象は理工系に限ったもので、医学系からは異論もあろうが、これはいったいなぜだろう。

最近は電子顕微鏡学も安定期に入り、初期のような大きな業績があいついで生み出されるわけではない。しかし、クルーのSTEMなどはじつに見事だと思う。彼の着想には、先人の予想しなかった飛躍がある。飛躍は理詰めだけでは成しえないから、失敗すればいくら努力しても成果はあがらない。ある程度、賭けの要素がなければ、彼のような研究はできないだろう。

最近の若手は「研究は理詰めでするもの」と思っているらしい。もちろん、そのような研究も学問の発展に欠くことはできないが、それは歯車のこまのようなものである。学問の流れを変えるような研究には、多くの場合、ぜんまいによる飛躍が必要である。

若者はもっと夢を描いて、飛躍を試みてほしい。小さくてもよいから飛躍を試みてほしい。それは一種の賭けである。賭けには負けがつきものだから、負けを恐れていてはできない。自ら研究者と名乗る者は、賭けをする勇気を持たなければならない。そのような姿勢の若手が多くなれば、近い将来、日本からも超一流の業績が出ると信じている。

(「電子顕微鏡」第1号、1975年)


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