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掲載日:2013年02月18日

本田喜代治先生――あたたかさと厳しさと

佐々木 光

 旧制文学部(社会学専攻)二年の冬のことだった。デュルケームを卒論にとりあげるつもりで原文を読んでいたが、帰宅後どうしてもわからない字句があった。もう一度、汽車にのって先生をお訪ねしたのが夜八時ごろ。御着任の初期のころなので、旧六連隊の校舎の一部にお泊まりだった。今日講義があったから今夜はいらっしゃるはず。木立のなかの宿舎のうちで、めざす先生のお部屋だけが明るく電灯がついていた。私の質問に、快くわかりやすく答えて下さった。原文の該当箇所についての疑問は氷解した。

 私は開眼した。講義でお疲れになって宿舎でお休みになっていた先生が、夜間、質問にあがった一学生に、一字一句ていねいに教えて下さった教育に対する無限の熱意、そして人間的なあたたかさ。目の鱗がとれたような思いとは、このようなものだろう。

 あたたかさだけではなかった。先生は、学生を一人ひとり人間として教育されるにあたって、まことに厳しい方であった。大学院での演習の際、とくに日本軍国主義、ナチズムとの関連について学生間に討論がまきおこった。最初はおだやかに見守っておられた先生が、私と某君のあまりにも激しい論戦のやりかたに、次第に表情を曇らされた御様子。ついにすっくと立ち上がられ、大声一番、「君たち二人の論争のしかたは何事か。二人ともお互いの言葉を最後まで聴こうとせず、自分の主張だけを口にしようとしている。それは学問をする人間の態度ではない。相手の言葉の終わるまで静かに聴く忍耐力をもて!」。じつに厳しい語調だった。

 私は深い衝撃を受けた。大いなる人生訓であった。先生が教えて下さったのは学問だけでなく、人生そのものでもあった。

* 筆者は名大旧制2回生、元・名古屋大学教養部教授。

『日々の糧――本田喜代治追悼文集』(1973年)より。わずかに字句を修正した。


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